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『ブライト・プリズン』シリーズ・クリスマス番外編

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【ブライト・プリズン】クリスマス番外編SS。

一巻目のプロローグ(秋)と、一章(春)の間の小話です。



※ふりがな
常盤(ときわ)/薔(しょう)/王鱗学園(おうりんがくえん)/竜虎隊(りゅうこたい)

 

 

 

 

 

 白く高い塀に囲まれた牢獄──私立王鱗学園。

 学生及び生徒を管理する竜虎隊の詰所で、常盤はケーキを前に眉を寄せる。

 ロールケーキをカットしたと思われるそれは、どう見ても丸太を模した物だった。

 

「何故ここでブッシュ・ド・ノエルが出てくるんだ?」

 

 執務室にケーキを持ってきた椿に訊くと、わざとらしく小首を傾げられる。

 今日は十二月二十四日──言わずと知れたクリスマス・イブだが、王鱗学園は龍神を祀る宗教団体の管理下にあるため、当然ながら異教のイベントを祝う習慣はない。

 

「常盤様、それはブッシュ・ド・ノエルではありません。私が何ヵ月も前から予約して取り寄せた限定品のケーキです」

 

「……宗教上まずいだろう」

 

「大丈夫です。丸太に似てはいますが、ただのチョコレートケーキですから」

 

 お取り寄せと菓子作りが趣味の椿は、いつになく強い口調で断言する。

 そうまでして食べたいのかと思うと文句を言う気も失せてしまい、常盤は目の前の皿を椿の方へと押しやった。

 

「俺はいい。下げてくれ」

 

「甘さ控えめですよ」

 

「いいから下げろ」

 

 教団本部や学園に於いては、龍神を心の底から尊び、異教のイベントなど忌々しいくらいに思っている──という振りをしなければならないと考えていた常盤は、学園育ちの人間との温度差に惑わされる。

 学園の外で育ったために人一倍気をつけて信者を装っているが、実際に信仰している人間はこの通り中途半端だ。

 

「常盤様、私達には塀の外の世界への憧れがあります。卒業して外界に解き放たれた途端、世間が持て囃すものに惹かれ、体験してみたくなるものです。これくらいは許される範囲ですよ」

 

 暗に、「貴方は徹底し過ぎていてかえって不自然です」と言っている椿を前に、常盤はしぶしぶフォークを手にする。

 学園育ちのお前達と俺では、条件がまったく違う──と反論したい気持ちもあったが、食べ物のことで揉めるのは意に反するのでやめておいた。

 

 

 

 * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 夕陽が塀の向こうに呑み込まれた頃、常盤は愛馬に跨り見回りに出る。

 担当するのは主に中央エリアで、なるべく独りで行くようにしていた。

 偶然なのか必然なのか、独りで出かけた時に薔と会うことが多いからだ。

 

 ──神でも仏でもサンタクロースでもなんでもいい。あの子に会わせてくれ。

 

 聖夜の祈りを胸に並木道を進むと、明るい髪色の生徒の姿が見えてくる。

 願望による幻ではないかと疑いながら、常盤は自身に静粛を促した。

 期待し過ぎて落胆することを恐れているわけではない。

 薔の顔を見た途端、あまり嬉しそうにしてはいけないからだ。

 あの子を早くこの手で抱き締めたいが、今はその時ではないと思っている。

 

 ──他の誰でもない。お前であってくれ。

 

 遥か先にいる生徒が薔であることを、常盤は切に願う。

 かつて優等生だった薔は、常盤が学園に来てから急に素行が悪くなり、授業を抜けだしたり消灯時刻を破ったりと、竜虎隊の目につく行動ばかり取っていた。

 本来なら寮で課題に取り組むべき時間に外をうろついている生徒が、薔である可能性は高い。

 

 ──薔だ……間違いない、あの子だ。

 

 並木道をさらに進もうとすると、逸る主の気持ちを察した愛馬が急ぎだした。

 何も指示していないにもかかわらず、黒いブレザーの背中を真っ直ぐに追う。

 

「……常盤っ」

 

 少年は振り返り、一瞬の間のあとに顔を顰めた。

 栗色の髪が揺れ、その隙間から見える瞳は鋭い光を湛えている。

 この学園で常盤をこれほど露骨に睨みつけるのも、常盤の名を呼び捨てにするのも、彼くらいのものだった。

 

「高等部二年、翡翠組の薔だったな。ここで何をしている」

 

 理由を訊いてみるが、本当のところどうでもいい。

 今この瞬間、ここにいてくれてありがとう──そう言いたいくらいだった常盤は、本音を隠すことに注力した。

 薔の出自が確定していない今は、感情を露わにするわけにはいかない。

 

「べつになんだっていいだろ。課題はもうやったし消灯時刻はまだ先だ。竜虎隊に捕まるほどのことはしてない」

 

「ここで何をしているのかと訊いたんだ」

 

 反抗期丸出しの薔に厳しい口調で詰問すると、舌打ちされて首ごと背けられる。

 いかにも慣れない舌打ちには違和感があり、無理をしている姿が微笑ましい。

 正面きって睨んでくる顔は気が強そうに見えるが、横顔にはあどけなさが残っていた。

 本人に向かって言ったら噛みついてきそうだが、生意気な態度も全部ひっくるめて、彼のやることすべてが可愛くてたまらない。

 

「──ただの散歩だ」

 

 ようやく答えた薔は、馬上の常盤を睨み上げる。

 目つきはやはり鋭く、黙っていればふっくらと甘い唇も、今はきつく結ばれていた。

 

「ただ散歩してただけで捕まるのか? 懲罰房にぶち込む気かよ」

 

「いや、今夜は自分の部屋から空でも見ていろ」

 

「……空?」

 

 お前が幼い頃に信じていた、サンタクロースが見えるかもしれない──口には出さずに胸の内で呟いた常盤は、黙って空を見上げる。

 この幸せな時間を与えてくれたのは、果たしてなんだったのだろうか。

 運気を上げるとされるこの教団の龍神か、それともメジャーな神の恩恵か。

 

「アンタ、憶えてたんだな……俺の名前」

 

 空を見ていた常盤の耳に、さも迷惑そうな薔の声が届く。

 視線を合わせると、薔はまたしてもぷいっと顔を背けた。

 その直前、少し照れているように見えたのは気のせいではなさそうだ。

 

「お前が悪さばかりしているからだ」

 

 素行不良は、俺に会うためなのか──そう問えるものなら問いたい。

 生徒を取り締まる立場の竜虎隊隊長と、優等生の接点は少ないのだ。

 薔が以前のままだったら、今こうして二人でいることはなかっただろう。

 

 ──この幸運は、互いの想いが作りだしたものだ。

 

 会いたいと、求め合っているから会える。

 その想いが強ければ強いほど、偶然は必然に進化する。

 たとえ淫神の助力に支えられているとしても、根源となるのは想いの力だ。

 

「今夜の空に何があるんだ? 流星群とか?」

 

「トナカイがいるかもしれない」

 

「……は?」

 

「冗談だ」

 

 枕元に置いたプレゼントもジングルベルも忘れてしまった薔に、常盤は少しばかり笑いかける。

 ぎょっと目を剥かれたが、世界中が浮かれている今夜は特別だ。

 

 

 

 メリー・クリスマス──来年は必ず、抱き締めながらそう言いたい。

 

 

 

 

 Merry Christmas!

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